月城まりあの手記

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【非公式SS】祈り

 「……Aman.」
すると、温かなオルガンの音色が広がっていく。礼拝堂を満たすのは、集う人々の静かな祈りだ。
マティアスの1週間は、教会の手伝いから始まる。彼はキリスト教徒ではないが、レプリカントになったばかりの彼に人としての暮らし方を教えたのが熱心なキリスト教徒の女性だったのだ。だから、彼は「お礼」として毎週欠かさず彼女の奉仕を手伝っている。
 さて、彼女が礼拝を捧げている間、礼拝堂の外で待っているのが常だが、今日はマティアスも礼拝に参加していた。
 後奏が鳴り止むと、会衆は着席し諸連絡がなされる。その時、隣にいた彼女が小さな声で話しかけてきた。
「お疲れ様、マティアス。初めての礼拝はどうだった?」
問われてマティアスは逡巡する。
「……そうだな、思いの外音楽が多くて驚いている。礼拝とは、祈りと聖書だけではないのだな。」
「あら、ふふふ。そうよ、讃美歌も大切な要素なの。神を賛美することが、クリスチャンにとってはいちばん大切なことだから。」
彼女はマティアスの問いに満足そうに頷いた。クリスチャンに求められているのは、己の願いを祈ることではなく、隣人や神に感謝するだけではなく、自らを、そして世界を作りたもうた創造主を賛美することだから、礼拝の重要な位置に讃美歌があるのだ。
 「それにしてもマティアス、今日はどうして礼拝も出ようと思ったの?」
「……。」
続く問いには、マティアスは即答しなかった。静かに目を伏せ、何かを思いめぐらす……。

 『ふん、心など無駄なものをどうして地球人たちは重視するのだろうな。』
『まったくだ。何も知らない子供に最初に教えるのが心という無駄なものの知識らしい……無駄に無駄を重ねる意味がわからない。どうせ死ねば終わるものを。』
 IC-AR-01は、僚機であるIC-AR-02にそう答えた。2機は、ダモクレス教導隊の指揮官機だ。人間をダモクレスへと改造したり、得た資材を用いて最新鋭の武装を運用研究したりするのがこの教導隊の使命だった。
 改造されるために捕らえられてきた人間は、皆一様に怯え、恐れ、絶望していた。そんな様子を見るのにも、この2機は退屈していた。
 『さて、俺は一旦武装研究の報告を受けてくる。あとは頼んだ。』
『了解、IC-AR-01。』
片割れが席を外すのを見送った後、IC-AR-02は新たな人物と対峙した。先だって地球で捕らえられた女性だった。彼は彼女をいつものように洗脳し、地球侵攻に相応しい機体へ改造するつもりだった。
 ところが、事態は想定外の方向へ向かった。IC-AR-02が手をかけようと伸ばしたそれを、彼女は自ら手を伸べ、優しく包み込んだ。
『初めまして、ダモクレスさん……最期に少しだけ、お話をさせてくれませんか?少しで良いのです……。』
 普段なら無駄と切って捨てるところを、彼は何故かその手を振り払えなかった。
『……何だ。言ってみろ。どうせ無駄に終わるがな。』
『ありがとうございます。ダモクレスさんにも、優しい人がいるのですね……。』
彼女は、最期を分かっていながら微笑みさえ浮かべた。そして、語り始めた。
愛した夫、可愛い子供、仲の良い友人、お腹の子、いつも通っている教会……彼女の話はとめどなく
続いた。
しかも不思議なことに、その話が進むごとに、内容が映画のようにIC-AR-02の前に映し出されていった。お気に入りの花畑、初めてのデート、懐かしい学校……彼女の話は、とどまるところを知らなかった。
 『……長い。話は終わりだ。』
IC-AR-02は、はたと我に返ってようやく彼女の手を振り払った。そしてやっと、自分が聴き入っていたことに気付いた。
『そうですか……聞いてくれてありがとうございました、優しいダモクレスさん』
彼女は、悲し気な微笑みを浮かべると、振り払われた手を組み、目を閉じた。
そしてIC-AR-02は、いつもどおり彼女を洗脳するため、部下に引き渡した。
 しかし、彼は違和感をぬぐえなかった。身体の中に、あり得ないエラーが生じていたのだ。システムの自己修復をもってしても修復不能なエラーだった。グラビティを使用していないのに、胸部に温かい感覚がどんどん広がっていく……。
 彼は部下に退席と簡単な指令を告げると、メンテナンスルームに入り、実行可能なトラブルシューティングのすべてを試行した。しかし効果はない。それどころか、先程の名も知らぬ女性の声とあの映像とが蘇って来るばかりだった。
 『……これは、何だ……』
鋼鉄のパーツに、冷たいものが一滴つたった。それが「涙」だとわかったのは、数秒のタイムラグをはさんでからだった。
『痛みもないのに、何故……いや、痛み……?』
胸部を温める熱の中に、何のダメージもこうむっていないのに、痛覚を感じた。
『異常だ……まさか』
ふと、脳裏をよぎったものがあった。先程僚機と語らっていた無駄なもの――心の発生。だとすれば、IC-AR-02にとって、それは致命的エラーだった。一刻も早く修復しなければならなかった。
『……地球へ行こう。』
地球へ侵攻して、心という心をもっと多く解析しよう。そうすればこの致命的エラーの修復方法がわかる……彼はそう考えた。そして、部下にも僚機にも告げず、一目散に単機で地球を目指した。

 「……マティアス?」
長い沈黙をはさんで、気づかわしげな女性の声がした。礼拝堂は静まり返り、外から談笑する声がかすかに聞こえていた。
「ああ……すまない、左京。」
「どうしたの?具合でも悪くなった?」
左京と呼ばれた彼女は、心配そうにマティアスの顔を覗き込んできた。彼は、左京に首を横に振って見せた。
「違う、心配いらない……ただ、お前と出会う直前のことを思い出していた。」
「……ダモクレスだった頃のこと?」
 この問いには、マティアスは首を縦に振った。それから少しの間をおいて、口を開いた。
「……今日、礼拝に参加したのは、元僚機の死を、祈りたかったからだ。」
 IC-AR-01は、先日単機でマティアスを襲撃し、マティアス自身と仲間のケルベロスによって殺された。先に地球へ侵攻していたIC-AR-02は、他勢力を含むデウスエクスから幾度かの攻撃を受けつつもレプリカントのケルベロスとして覚醒し、左京と出会って「マティアス・エルンスト」となっていた。
 できることなら、同じように幾多の心を解析し、洗脳してきた僚機にも、心を理解してほしかった。レプリカントとして、共に生きていきたかった……。マティアスは、そんな気持ちを祈りに、礼拝に参加したのだった。
「……そう。でも、大丈夫よ。あなたが祈ったから、神さまはちゃんとその僚機の死も安らかな眠りのうちに守ってくださるわ。」
左京は、先日マティアス自身の口から、元僚機のIC-AR-01と戦った話を聞いていた。だから、彼が元僚機の死を祈りたかったと言っても、自然に受け止めた。
「私も、これからはあなたのその元僚機のことも、お祈りするわね。いつか天国で会える時は、同じ人として会えるように。」
「……感謝を。」
 マティアスは、もう一度目を伏せた。しかしすぐ目を開くと、立ち上がって左京へ手を伸べた。
「時間をとらせてすまない。さぁ、奉仕の手伝いをしよう。今日は何をする?」
「ありがとうマティアス。今日は教会学校の教師会だから、手伝ってもらえることはないわ。他の兄弟や姉妹に声を掛けてあげて。」
「わかった。」
 左京はマティアスの手を取ると立ち上がり、微笑んでそういうと荷物を肩にかけた。そして2人は礼拝堂を出て、それぞれ別行動を始めた。
こうして今日も、2人の慌ただしい午後が始まった。

~終~
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ボークス製球体関節人形「スーパードルフィー(Super Dollfie)」が好きな初心者ドールオーナー。他社・海外ドールも興味はあるけれどまだまだ無知で恐縮です。
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